2013年7月2日火曜日

成果をあげる人とあげない人の違い 成果をあげるための思考

毎日忙しく働いている割には成果が上がらない。
常に考えているし、がむしゃらに動いているのだけれども、それが成果に結びつかないのは、なぜだろうか。と思っている人はおおいのではないでしょうか。
 

成果に結びつけることが出来る人の考え方の一つは『改善』によって『ムダな動きを、付加価値を生む働きに変える』ことが出来ることだと思います。


 

仕事は付加価値をうまなければならない


人は生産の現場や営業の現場など、それぞれの部署で懸命に仕事をしているが、その『仕事と思っているもの・考えているもの』自体は冷静に分析してみると、付加価値を生む『仕事』と、それ以外の『ムダ』に分かれることが多いのではないでしょうか。
無駄と思えること内用としては、仕事に必要なものを探すために多くの時間を割いたりしてしまっていないでしょうかうか。自分で探すことも大事ですが、根本的な部分で間違っていては、一つのことを調べればいいのに2つ、3つ遠回りしてしまっているようなことはあまりにも時間を無駄に使いすぎているようなきがしてなりません。
またほとんど誰も読まないレポートや報告書の作成に多くの時間をつかってはいないでしょうか。
プレゼンなど多ければいいというものでもなく、本当に必要なものを抜粋したうえで納得させるための資料があれば十分だと思います。

また会議などにいたっては何も決めず、決められずといったほうがせいかくかもしれませんが、ただ報告を聞くだけの会議に大切な時間を費やしていないでしょうか。

こうしたムダな『動き』は、結果として何ももたらされないことが多く、自己満足で終わってしまうことが本当に多いように感じます。多くの時間を使う割には何も生まないどころか成果を生むための『働く』時間を奪っていくことになり、こうしたムダな動きをする人たちは、何を取り上げ、何を行うかを、仕事の流れに任せて決めているように思います。

だから、どんなに忙しく働いているつもりでも、いたずらに労力と時間を浪費するばかりで、成果をあげることにならず、ひどい場合には機会費用の損失を招き、捨ていることと同じではないでしょうか。
成果を上げる為には、ムダな『動き』と、成果につながる『働き』を区別できる意識と、それを理解したうえで『動き』を『働き』に変えていくことが必要と思えます。
忙しいという錯覚にとらわれ勘違いした『忙しいんだよ』という錯覚に安心してしまうことないように、時間管理を工夫していく必要があると思います。

日常業務に追われ続ける限り、成果を上げることは決してできはしない。


状況を変える行動をとらない限り、日常業務に追われ続けることになります。仕事をしていく中で『めんどくさいから』とか『ややこしいから』など放置しても成果をあげるためには、結局やらなくてはいけなくなります。めんどくさいや、ややこしいなら次につなげるためにそのタイミングで改善に取り組まなければいけないと思います。そのときは時間がかかってしまうことでも、次にするときは大幅に時間を短縮できるようになったりします。

大切なのは汗をたくさんかくことでも、長時間働くことでもなく、日々の業務からムダを省いて改善していき、『動き』よりも『働き』の比率を高め、質を上げていくことだ。そうすれば成果は自ずと上がることになるのではないでしょうか。

たいていの人は『できない言い訳』を探すのは上手だが、『どうすればできるか』『今できることは何か』を考えるのは苦手なもので、できない理由は「壁」ではなく、それを解決すればできるという「ヒント」にもなるのではないでしょうか。

まずはできることを一つずつやり、そしてできないものを一つずつ解決すれば、難しいことでもできるようになり成果へと結びついていくものだと思います。

ひとつずつの積み重ねが成果を生む


一つずつできることを見つけ、課題を解決した結果が今日の成功につながっていた。「何もさせてくれない」という言葉は、何もせず、何も変えないためのいいわけではないかと疑うことだ。誰もが制約の中にいるが、制約の中で成果をあげている人もたくさんいる。
 

『何ができるか』を自らに問い、『できること』を積み上げていくことができれば、その積み重ねの先に成果は生まれてくると思います。

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