2013年7月5日金曜日

ゆとり教育が問題ではなく、ゆとりのない社会が問題だと思う 1 経緯

最近に限ったことではないですが、ゆとり教育についての議論がたまにメディアなどでも出てきていますが、そこで取り上げられる問題としては学力の低下ということがこれでもかというくらい議論だれているように思います。私自身ゆとり教育に対してだめだとかという意見はまったくなく、あってよいものではないかと考えています。それはなぜかというと、ゆとり教育が学力低下をもたらしたのではなく、ゆとりのない社会が学力の低下を招いてしまっているのではないかと考えているからです。この理由については、何回かにわけて述べたいと考えています。



ゆとり教育ってなに?


もともとは、高度経済成長時代の中で科学技術教育の拡充等に対応したものであった当時の教育指針に対する教育方針の転換で、日本において、知識重視型の教育方針を詰め込み教育であるとして学習時間と内容を減らし、経験重視型の教育方針をもって、ゆとりある学校をめざした教育のことといわれています。

具体的施策のうち、特に「総合的な学習の時間」は、教科書を使用せず、教科の垣根を越え、国際理解、情報、環境などの横断的・総合的な課題、児童生徒の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じて、自然体験や社会体験、観察・実験、見学・調査などの体験的な学習、問題解決的な学習を行うための時間とされており、「ゆとり教育」を象徴ともいわれており、これは土曜日が休みになる『週休2日制』になった理由のひとつでもあり、自主的に学生が学べる時間を設けるという趣旨のもとに成り立ちました。


ゆとり教育の誕生した経緯


「ゆとり」という言葉が日本の教育分野に初めて登場したのは、1977年の学習指導用領内に「ゆとりと充実」というスローガンが掲載された時とされている。1960年、1970年に出された指導要領による「教育課程の現代化」とその前の改訂にある理数科重視があいまった事、教育内容の増加・過密化により、『詰め込み教育』その教育により、小学生3割、中学生5割、高校生7割の授業のわからない子ども達、「七五三」といわれる『落ちこぼれ』をつくりだす状況や、また『受験戦争』等様々な問題が顕在化するようになり、当時の福田首相が施政方針演説で「特に戦後の学校教育は、入試中心、就職中心の功利主義的な行き過ぎた傾向が目立っており、教育にとって一番大切な、自由な個性、高い知性、豊かな情操、思いやりの心などを育てることを忘のではないか、新しい時代のそなえて、学校教育をはつらつとした創造的な人間の育成の場とするよう、教育界に人材を集め、教育課程をゆとりあるものに変え、入試の改善を図るなど、教育改革のための着実な一歩を進めたい」という演説がはじまりのようです。

そのために「ゆとりある充実した学校生活」を実現するため、学習指導要領の改訂が行われ、中曽根内閣に設置された臨時教育審会に受け継がれ、教育内容の精選、選択教科の拡大、教科の総合化などを打ち出された経緯があります。

その後、教育課程審議会は、「これからの学校教育は、生涯学習の基礎を培うものとして、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視する必要がある」とし、学習結果としての「知識・理解」を偏重するのではなく、学習の過程で修得する「関心・意欲・態度」や「思考・判断・表現」により多くの価値を認めようとする「新しい学力観」を提起しこれを受けて、平成元年3月、児童の具体的活動や体験を重視する観点から、小学校低学年の理科・社会を廃止し、生活科に統合するなどを内容とする学習指導要領改訂が行われました。

またその後、「今後における教育の在り方として、『ゆとり』の中で、子供たちに『生きる力』をはぐくんでいくことが基本」とした上で、「生きる力」とは、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」、「自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性」、「たくましく生きるための健康や体力」としてされています。
その中で1980年代半ば以降、いじめや不登校、学級崩壊や高校中退、暴力事件など若者による犯罪が増え、また「エリート」といわれる高級官僚や金融機関のトップの不祥事などにより、学校の教育、国民への教育に問題があるという見方が広まって行く。それは地域社会にとどまらず、経済界からも批判が出始める。具体的には、「独創的な人材が育たない」、「学校は成績で生徒を差別している」、「登校拒否、不登校が増加している」、「いじめが深刻化している」などで、要するに「個」を大事にしていないとの批判が強くなってきていた。この頃から世の中が「個」を鍛える路線から「個」を守る、大切にする路線へと徐々に移り始めていきます。


また「教育内容の厳選」を図る必要性を強調しより一層の教育内容の削減を求められことになり、「完全学校週5日制の導入を契機に、教育は学校教育のみで完結するのではなく、学校教育では生涯学習の基礎となる力を育成することが重要」とした上で、「教育内容をその後の学習や生活に必要な最小限の基礎的・基本的内容に徹底的に厳選する」、「教育内容の厳選は、単なる完全学校週5日制に対応するためのものにとどまらず、授業時数の縮減以上に思い切って」行うとしており、「学力については、これを単なる知識の量と捉えるのではなく、自ら学び自ら考える力などの『生きる力』を身に付けているかどうかによって捉えるべきである」とされ、これを受けた新学習指導要領による教育課程は、いわゆる『ゆとり教育』と呼ばれ、平成14年度から完全実施されることとりました。



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