2013年5月31日金曜日

天を支える女性

私も初めて聞いた言葉なんですが、中国に 『半辺天』 という言葉があるらしいです。
これは故毛沢東主席の言葉で、中国の女性は男性と同様に働き、職場、家庭内において男女の格差がないことをあらわす意味みたいです。

● 中国の女性はつよい?


で今はどうなのかといいますと、中国の今は女性のほうが半分以上、天を支えているかもという内容があり、『半辺天ではないよー』という感じらしいです。
中国では女性が強い?という表現は正しいのかわかりませんが、やはり故毛沢東主席の時代から女性と男性の格差がないことを国の代表が表現できていることが影響しているのではないかと思います。

● 日本の女性も強いけれど・・・


日本はどうなんでしょうか?

日本も草食男子とか言葉が流行るぐらいですから日本も今は同じようなものなのかもしれませんね。

ただ仕事云々ではなく、昔から女性はよく働いていらっしゃると思います。

専業主婦っていうことも戦後以降バブル時代のたまものだと思いますが今は景気も悪くなり、仕事はあるけれどもなかなか所得が伸び悩んだりという現実がある中、パートにでたりとか働いているかたもたくさんおられます。
その中で子供のことや家の家事など本当に毎日休みなく働かれている事を考えると半辺天どころではない事がわかりますよね。

● 日本の現状


残念な事に、社会に出てきたときの待遇などは気になるところがあります。
全ての環境がそうとは言いませんが、育児などの理由で仕事をつづけることが難しい状況もあるかと思いますし、ニュースなどで男性と女性の所得の格差なども未だ言われていることもありますよね。ですので社会的に早急に見直していくことが大事なのかもしれません。

インターネットでもやっぱり愚痴や笑話もあったりしますが、男性が仕事だけ頑張っていればいいという時代は終わったんでしょうね。

世の中の男性様どうぞ頑張って半辺天にできるよう頑張っていきましょう。

2013年5月30日木曜日

佐川急便の飛脚メール便

● 佐川急便のメール便は追跡できない


私はよく書籍などをインターネットで購入するんですが、その時に使われる輸送形態がメール便が多いんですよね。

で最近気が付いたんですが佐川さんの飛脚メール便ってWebで追跡できないみたいですね。
私としてはメール便は日数がかかるとかそういった内容に対する不満などはあまりないのですが、通信販売って商品が到着するのが楽しみの部分もありまして追跡できないっていうのが正直悲しくなってしまいます。

ヤマト運輸さんのメール便はWebで追跡できるのに・・・・なんで?

● 飛脚メール便が追跡できない理由


気になって調べてみました。

ヤマトさんのメール便は重さ1,000g以内で、3辺の長さが60cm以内で厚みは2cm以内のものであれば全国一律 160円 と書かれています。

きっと佐川さんのほうがまだ下をいく運賃なんでしょう!

佐川さんの飛脚メール便は重さ同じ1,000g以内で、3辺の長さが70cm以内で厚みは同じく2㎝以内で・・・・ 全国一律 310円?となってます。重量などで細かい区分はあるみたいなんですが、それでも高いですね??

佐川さんのほうが安いからまだ細かいサービスに行き届いていないと結論づけたかったんですが・・・・単純な話ではなさそうですね。

規模の問題なんでしょうか。細かいところまではわかりませんが残念です。

実際、上記の金額は1通出した時の金額ですから、企業相手の営業の中で幾分か値引きなども入っているでしょうからどちらが安いかは明確には分かりません。宅配業界も郵政民営化などの影響もやっぱりあるでしょうから、大変なことは重々承知しています。ですが個人の要望としては、できれば佐川さんもメール便をweb上で簡単に追跡できるようにしていただけたら嬉しいんで佐川急便の皆様どうぞよろしくお願いします。





2013年5月29日水曜日

無知なことは恥ずかしい。

● 無知なことで恥ずかしいと思えるか?


新しいことにチャレンジする時、やっぱりわからないことだらけです。

自分の経験では補いきれないものってたくさんありますよね。
そのことを恥ずかしく思うならいいんですが、問題は恥ずかしい思いをしたくないから行動を起こさない、発言しないという考えになってしまうとダメだと思うんです。

大人になるとやっぱり 『いいかっこしたい』 と思ってしまうこともありますし、いろんな環境なども影響してしまうと思うんですが、知らないことやわからないことは人に頼ってもいいと思うんです。

● 時には人に頼ってみては?


やっぱり自分がすべての事を把握したいという気持ちなどもあるかもしれません。ですが要点等わからないままの状態で自分で調べるのはかなりの時間と労力が必要になります。
というのも、専門的な用語や、技術的なこと、また法律などが絡むとややこしいことといったらありません。
専門用語は多少調べれば、わかる部分もあるかもしれませんが、技術的なことや法律的なことは、触れたことのある方でなければ、やっぱり難解なことばかりです。
私自身、民法など書籍を読んだりしたことがありますが、普通の会話で話すような同じ言葉でも、法律の言葉では全然意味が変わってくるものもありました。

ですので・・・私は大いに人に頼ってます。

ですが判断や決断する時は自分で調べ、納得してから行うようにしています。人のせいになんてできないですもんね。

今日は自分の無知さに改めて気づかされたことがありました。
今までの人生の中で必要としていなかった部分なんですが、やっぱり悔しい気持ちなどもありいろいろとインターネットなりで調たりしましたが、まだまだわからないことだらけです。

まぁまたチャレンジする目標ができただけでも幸せなのかもしれませんが、頑張っていこうと思います。

無知なことは恥ずかしいけれど、知らなくて当たり前なんです。そのことをどう処理するかが大切だと思います。

2013年5月27日月曜日

DVDレンタル TUTAYA VS GEO

たまに利用するDVDレンタル。
TUTAYAとGEOどちらのほうがいいんでしょうか。

● GEOがめちゃくちゃ安い


私はGEOを利用するんですが、理由は安いから!という理由です。私の住んでいるところだけではないと思うんですが、GEOさんは破格の値段です。
TUTAYAも利用することはあるんですが、レンタル料金が基本GEOさんの倍くらいしているイメージがあるんですよね。

昨日のことですが、特に借りる予定はなかったんですがたまたまGEOに立ち寄るとなんと旧作が¥50-でレンタルしてたんで驚愕してしまいました。

¥50-で利益でるの?安いのはうれしいことなんですが・・・
TUTAYAさんは、安くても¥150-とかくらいでしょうか?クーポン等あれば¥100-くらいになったりするのかな?

● GEOは安いけれど


なぜこんなにレンタル金額に開きがあるんでしょう。
駅に近いところにあるから土地代でレンタル料が高くなってしまっているんでしょうか?GEOは駅近くで見たことないし・・・やはり仕事帰りに立ち寄るとかは少ししんどい場所にあるような感じです。
また置いてある作品の数が少し少ない感じがしますね。有名どころは間違いなくありますが、少し古い商品とかは置いていないことがありますね。

● DVDレンタルされど・・・


TUTAYAさんは店舗に行くのに便利な場所に出店されていますよね。商品もそろっているし。



そんなことを考えた1日でした。

2013年5月24日金曜日

生まれてくる命 3 新型出生前診断について考える。

● 幸せの形


出生前診断についての内容から。
普段はテレビなどあまり見ないのですが、たまたま放送されていたものに目が留まりテレビを見ていました。命の輝き?という特番をでした。

命について考えてもらうという趣旨の構成の中で一人の障害を持った子供、そしてご家族が出られていました。

障害は『多発奇形症候群』というものなのですが、1才の誕生日を迎えるのは難しいかもしれないというご家族にとっては本当につらい内容だったのだと思います。

● 家族の絆


テレビの中でのご家族のコメント、力強さはいうまでもなく、私自身が安易に口出すことではありません。やはり当事者でなければわからないこともありますし、表現されていることを私がきちんと理解できているかどうかの不安もありますし、また理解できているふりなんかされても少しも気持ちの良いものでもないかと思います。

ただその中で出ておられた医師の発言にはこの言葉以上の表現はないと思うものがありました。

医師の言葉です。
『彼は一見弱そうに見えるけど、輝いているんですよ。輝いている子は大丈夫ですよね。』というコメントでした。

障害を持って生まれ、1才の誕生日を迎えれるかわからないといわれた子が今は9才に成長されています。またたくさんの成長という奇跡がおきている。

ご家族の愛情、絆や想い、ご家族の方も、兄弟の子たちも本当に彼が生まれてきてくれてよかったと思えていることがたくさんの奇跡を引き寄せている。そうした積み重ねがまた彼を輝かせているんですね。

2013年5月21日火曜日

生まれてくる命 2 新型出生前診断について考える。

● 新型出生前診断について


新型の出生前診断ですがこれについての私なりの意見ですが、自然に沿った形での出生ということに私は希望しますが、新型出生診断に対しての存在意義については私は反対するという意見はありません。

確かに反対されておられる方の意見もわからなくはないのですが、最終的には各ご家庭、家族など当事者の理性・感情を含めた判断に委ねることが大事だと考えています。

● 命の尊さと幸せは別のものなのか?


なぜなら、他の障害など生まれてからわかるものもあり、また事故で障害を持つ可能性もあり、また早期の出産になってしまい未熟児で生まれてくる子供たち、そんな中でNICU・GCUなどの処置を終えても一緒に暮らすことを拒否するご家庭などもおられます。
現在の医療は、小さく生まれてきた子供たちを助けれる可能性が10年、20年前に比べても飛躍的に伸びてきています。それは医師、看護師様の努力により医療が発達して来ている証拠なんですが一生懸命頑張った子供、また助けてくれた医師、看護師の希望に沿う形で退院できないでいる子供たちも少なからずいることは確かです。

また反面、障害を持つことや、持ったことに対しては様々な葛藤があるのは間違いありませんが、涙し、悔やむことも乗り越え、一緒に歩むことを決め踏み出しているご家族など、とても幸せを感じられている方もおられます。

● 問題視することは大事だけれど。


少し話がそれてしまいましたが、そもそもメディアなどで命の選別だという報道を耳にして、冷静な判断がその方にできるのかどうかという部分も感じられます。
またダウン症、ダウン症と取り上げていますが逆にダウン症の方の立場を新型出生前診断に対して反対されている方がよほど視野を狭くされているように思います。
そもそもエコーなどももともと他の障害の有無などもわかるのでは?一つの変化に対してのあまりにも過剰な反応が不自然でなりませんでした。

確かに障害などなく生まれてくることを親は願うでしょう。
ただ何らかの障害を持つことによってそれが不幸せなのかというと人生はそんな単純に判断できるものではないと思っています。



2013年5月18日土曜日

生まれてくる命 1 新型出生前診断について考える。

● 新型出生前診断始まる。


新型出生前診断について最近の話題としてはどうなんでしょうか。
妊娠されている方やこれから、また障害を持って生まれてきた子供がいるご家庭などは気にされているのかもしれませんね。約1ヶ月が経ち、取り上げられていた割には特に問題なく始まっているかのように思いますが、受診できる医療機関が少ないという問題点があるかもしれませんね。

私見的な部分を含めて何回かに分けて私なりの考えを述べたいと思います。

● 出生前診断の統計上観点からの意見


出生数は年々下落の傾向にあります。毎年約1万人づつ減ってきているようです。
新型検査が始まる前の受診者数は毎年1万数百人、わずかではあるけれど毎年100人位の上昇傾向にあるみたいです。

● 意外と受診されている方は少ない?


新型の出生前診断についてですが実際検査を受けられたという方の人数は始まって1ヶ月で441人と報道されています。単純に1年を通して5292人の方が受けられると考えられます。
まだ始まったばかりですのでこれから勢いづいて1万人の方が受けられる可能性はあるのでしょうか。

新型の診断ができるようになっても出生前診断の受診者が増えていると思えるような数字ではないように思います。一部では想定を上回る需要なども書かれていますが冷静に見ると『そう?』という感じです。仮に受診できない理由としてはできる医療機関が少ないというだけの事だと思います。

2012年の出生数は103万人(過去最低みたいですが)と報道されています。
出生数から見ただけでも受診者数は1%位ということになるのでしょうか。

 

● 新型出生前診断が始まり1ヶ月が経って


結果、羊水検査に比べリスクなどがないという内容にもかかわらず受診率が伸びていないということは、単純な命の選別を考える親はいないということなのでしょうか。



2013年5月3日金曜日

いのちのかぞえかた

● 数字はたくさんのことを教えてくれる。

大人になるといろいろなことに追われますよね。
経営者であれ、サラリーマンであれ、家庭を守っている方であれ絶対について回るのは何らかの数字だと思うんです。単純に仕事に関して言えば売り上げなどのノルマや、家庭を見ている方であれば、月々の生活に伴う出費やいろいろなものがあると思うんですが、正直数字に追われることなく、なにも考えずに生きている、生活しているかたってあまりいないんじゃないかなと思います。

そんな数字ですが、やっぱり毎日毎日、数字とにらめっこしているような方は数字が嫌いという方もおられるかもしれません。またいろんな意味であまりにも可能性を問うた時に残酷にもほとんど正確に答えを返してくる時もあります。でもそんな数字が時には価値を気づかせてくれたりすることもあります。今日はそんな数字のお話です。

● とてもよろこべる数字

喜べる数字ってなんでしょうか喜べる数字はやっぱりなんかの記念の日であり、回数でありという感じでしょうか?

子供のころから喜べた数字・・・・少し考えてみましょう。

 

まず最初はあなたがお母さんのおなかの中に赤ちゃんとして命を授かった時


あと何日おなかの中で過ごして出てきてくれるのかなときっとお母さんお父さんは待ちわびていたかもしれませんね。

次は誕生日でしょうか?


あなたがこの世に生まれてきた記念の日ですね。そして初めてこの世界にあなたの声が届いたひでもあります。身長は?体重は?いろんな数字があふれています。お母さんお父さんだけでなくたくさんの方からおめでとうの声が聞こえてきました。

次は日々の成長していく姿でしょうか?


寝返りした日や、ハイハイしをしだした日などきっと記録に残っていると思います。
そして今、お父さん、お母さんのかたもきっとわが子の成長を記録しているんでしょうね。
歯が生えてきた日、お座りできるようになった日、歩きだした日、言葉を覚えた日などたくさんの記念日ができていきますよね。

● 子供がいるパパ・ママのために


正直、子育ては本当に大変だと思います。朝の忙しい時間にもたもたとされたりするとイライラしたりしてしまいますよね。でもふと考えてみるとこの子たちは人生の中であとどれくらい笑ったり、泣いたりするんだろうとか考えてみると正直わからないですよね?
そういったあとどれくらいとかあと何回とかわかるといつも怒ってばかりいる状況な中から少し違った状況が生まれてくるかもしれません。イライラすることはやめることはできないかもしれないけれど、少しでも子供たちの尊さや何かに気づける機会があるかもしれませんね。

数字というのをつかって見方を変えればいろんな価値を見いだせるかもしれません。



2013年5月2日木曜日

出会い、いつかの再会を約束して。

去年に出会った大切な人

生きていく中で、たくさんの方に出会います。またたくさんの方と同じ時間を共有することがあります。これからの人生において関係がずっと続く方もいますし、やはり何かタイミングが合わないなど疎遠になる事もあるかと思います。

今年に出会えたその方とは本当に出会うべくして出会ったのかもしれません。
ひとつのきっかけがもとできっと出会わない可能性のほうが本当に高いと思える中で、特に意識をしていなかったこともあり、なかなかその出会いに気付くこともできず、またいつもの環境に戻るにつれて、言葉を交わしている中で、その言葉で救われたことがたくさんあったことに気付けました。


● 人のために生きるということ。


言葉で人の心を動かす事ってなかなか難しいことですよね。
なのにその方の話は心に響き、いろいろな物事の捉え方が変わるような出来事ばかりでした。何に対しても正直であり、お互いの意見を交換でき、何よりも一生懸命な姿勢がすべてを物語っているように思います。

私自身はこれから年を重ねていく中でもこの出会いを本当に大切にしたいと思います。
その方に対し、何かできることがあればもちろん協力を惜しむことはないですし、特に見返りを求めることもないでしょう。自分ができることをただ人のために生きるという単純なことだと思います。


● 出会いを求めての行動は続かない。


出会いは唐突です。
自ら出会いを求めて歩む道にはなかなかそう思える方には出会えません。
私自身が無心・無欲(環境がそうさせたことはありますが)であるがためにそういう出会いが出来、また相手も無心・無欲で自分のためにではなく人のために生きている姿勢が心に響いたのだと思います。

今回、出会ったかたはこれからも進む道が別々ですが、この先もずっと関係は続いていくのだろうと思います。いつまでも元気でいることに喜びを感じられ、遠く離れてもいつまでも見えるようにお互いに成長して切磋琢磨できるのかなと思っています。

出会えたことに感謝。こんな思いはなかなかできません。



2013年5月1日水曜日

自己中心的な考え じこちゅうって何?

● 自己中は嫌われる?


自己中心的に物事を考え、行動する方は度が過ぎると確かに嫌がられたりするかと思います。
ただ自己中心の定義ってなんなんでしょうか?個人には個人の意思があり、それを抑えつけてまで生活するには苦痛でしかありません。

ですので私は人間という個人の自覚があること自体、自己中心的な部分は必ず持っていると考えています。ただそれがどのくらい人に迷惑をかけるのかは気になるところですが・・・

● 自己中といわれている人は優しい?


世間で自己中心な人といわれている人ほど、他人に対してへの要望などは薄いように感じます。
もちろん譲れない部分なども持ち合わせてはいるかと思いますが、嫌なものは嫌とはっきりしている感じでしょうか?
また周りに自己中心的な人といわれる為、自分自身を咎めている心なども持っているかと思います。(中には開き直っていてまったく聞く耳を持たない方もおられますが・・・)
ですが自己中心的、いわゆるジコチューなかたは自身が勝手な人間であるから人はそういうものという認識が強く、仮に他人の方が主張したとしてもそれを理解しようと努めることが多い方たちだと思います。

● 本当に自己中心的なひととは


『よく自己中心的な考え方だから嫌』とか言われる方がおられますが、現実はどうなんでしょうか。

私は許す心を持とうと常日頃から考えています。
許す心を持つことによって嫌なことがあっても少し楽になったりできます。

許す心・・・たとえばですが

『自己中心的だから嫌』ということ自体も自己中心的な発想からくるものと思えます。
世の中にはたくさんの人がいて、その人の数だけ考え方があって当たり前ですよね。
『自己中心的だから嫌』という方は他人の一切を受け止めることが出来ないということになると思います。
全て自身に合わせてくれる人がよい?一人の人格などを完全に否定してしまっていること
に気付けていないのではないのでしょうか。

人は皆、自己中心的だと思います。

許すことができないからこういう発言になるのだろうと思います。
人を嘲笑う前に自身の思考を一旦、冷静に見直す必要があるのではないのでしょうか?

『自己中心的な人だから嫌』という発言・・・自分自身の事を否定しているのではないでしょうか?